大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(ラ)657号 決定

抗告人 鶴田正衛

主文

本件再抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定を取り消し、さらに相当の裁判を求める」旨申立て、抗告の理由として、別紙再抗告理由書記載のとおり主張した。

本件記録によれば、原裁判所は本件土地は固定資産課税台帳上その地目が山林となつているが、検証の結果及び右台帳に宅地類似価格坪当り金七百五十円と記載されている等の事実を総合すると、宅地と認めるのが相当であつて、右宅地類似価格によつて本件土地の価格を算定すると合計金三十一万五千円となるから、本件は簡易裁判所の管轄に属しないと判断し、且つ本件は事案の複雑性、及び当事者間の関連事件が現に原裁判所に係属している関係からみても、その訴訟物の価格いかんにかかわらず、原裁判所において審理裁判をなすことが相当であると、判断していることが明らかである。

民事訴訟法第三十条第二項及び第三十一条ノ二が、専属管轄に属していない限り、その管轄区域内の簡易裁判所の管轄に属する事件について、適正な裁判をなす目的で、相当と認められるときはその地方裁判所で審判することができることを認めている趣旨から考えれば、本件のように、簡易裁判所が第三十一条ノ二にはよらないが、地方裁判所に事件を移送した場合に、地方裁判所がその事件が複雑で且つ他にけんれん事件が係属していて自ら審判するのを相当と認めるときは、職権で自らこれを審判する旨の決定をなし得ると解するのを相当とする。よつて、本件について原裁判所が自ら審判するを相当と認めて審判する旨の決定をなしたのは、相当であるといわなければならない。本件の場合のように、第一審である簡易裁判所が訴訟物の価額が金十万円を超えないものでないとの理由で地方裁判所に移送し、抗告人からそれに対し抗告がなされている場合であつても、訴訟物の価額の審理が複雑で、相当の日時を必要とするような場合には、その点についての終極的の審理を本案の審理とともになす趣旨で、抗告裁判所である地方裁判所が、抗告理由の判断をしばらくおいて、上記のように、職権によつて自ら審判する旨の決定をなすことも違法ではないと解するを相当とする。

してみれば、本件は訴訟物の価格いかんにかかわらず既に右の理由によつて適法に原裁判所にその管轄が生じているのであるから、かりに訴訟物の価格算定についての原裁判所の判断が相当でないとしても、それは本案事件について角えば足りるのであつて、いずれにしても、原決定にはその決定に影響を及ぼすことが明かな法令の違背はなく、本件抗告は理由がないものというべきである。

よつて、爾余の抗告理由について判断するまでもなく、本件抗告は理由がないものとしてこれを棄却することとし、抗告費用は抗告人の負担として主文のとおり決定する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

再抗告理由書

一、原決定はその理由中に左の如く説示している。

「審究するに、本件訴訟が所有権移転登記手続請求の訴であつて その訴訟物は登記請求権であること、民事訴訟法第二二条にいう「訴を以て主張する利益」とは、原告が全部勝訴を受けたとすればその判決によつて直接受ける利益を客観的且金銭的に評価して得た額であると解すべきことは抗告人の主張のとおりである。そして抗告人は本件土地につき本訴提起当時既に使用収益権の行使はなされていると主張するのであるが、抗告人が本件土地を使用収益していたことは検証の結果によりほぼ推認しうるとしても、それが当事者間において確定された所有権その他の適法な権原にもとずくものであるとのことはこれを認めるに足る証拠がなく、しかもかりに所有権を抗告人が有するといつてみても、登記の存しない以上若し第三者が本件土地を相手方から譲受け先に登記を了すれば抗告人として右第三者に対しその所有権をもつては対抗し得ず、結局はこれを有しなかつたこととなるべきこと明らかであるから、抗告人が本件訴訟において全部勝訴の判決を受けることによつて直接受ける利益は、本件土地の所有権そのものの確保であり、従つて本件訴訟の訴訟物の価額は本件土地そのものの価格と同等であるといわなければならない。」

併し原告の訴旨は所有権移転登記手続請求にあつて原告の使用収益権が当事者間において確定された所有権その他の権原に基くものであろうとなかろうと第三者が本件土地を相手方から譲受け先に登記を了した場合の危険防止等は原告の訴旨ではないから裁判所は訴額の決定についてはこれ等のことは全然之を考慮する必要はない。

原告が訴を以て主張する利益とは原告の立場から観察した訴の利益であつて、裁判所や相手方から観察した利益ではない。

裁判所が所有権移転登記請求のみにては原告の権利の保護は十分でなく所有権確認、土地引渡の請求をもする必要ありと考へ或は相手方が売買不存在、原告の所有権否認の挙に出たとしても、原告の訴旨が単なる所有権移転登記手続のみの請求であるときはこれのみが訴額となるのである。

原決定は民事訴訟法第二二条を正解した如くであつて、而かもその適用を過つたもので破棄を免れない。

二、次に原決定はその理由中に左の如く説示している。

「次に抗告人は訴訟物の価額の算定については地方税法所定の固定資産の評価額によることが法律上要請されている旨主張するのであるが、本来裁判所としては訴訟物の価額の算定にあたつても、特に法律上その算定方法について一定の基準が示されていない以上その斟酌することのできるすべての資料を綜合してこれをなすべきで、地方税法による固定資産の評価額もその際の一認定資料に止まり必ずこれによつて算定しなければならないとは解せられない。もつとも従来余りにもこの点についての基準が各裁判所毎にまちまちであつたので、取扱をなるべく統一する必要上裁判官の参考資料として抗告人主張にかかる最高裁判所民事局長通知が発せられたものであつて、それによるときは一応右の評価額によつて算定することになつているけれどもこれとても訴訟物の価額に争いがあるときの基準となるものではないことは右通知自体において明確にされているところである。」

国家は国法(地方税法)を以て不動産の適正な時価(地方税法第三四一条第五号)を定めていて、最高裁判所は訴額の決定は之に準拠すべきことを通牒していること原決定記載の通りである。

訴訟物の価格の算定は民事訴訟法第二二条により裁判所が之をする。裁判所は民事訴訟法第二二八条による訴状審査に際し、相当印紙の貼用ありや否やをも調査し、補正の要なきとき民訴第二二九条により訴状を相手方に送達するのである。

相手方は裁判所の訴状審査権につき抗争することはできない。唯訴額により事物管轄の定まる場合に管轄違を主張し、印紙の貼用が相当でないときに民事訴訟印紙法第十一条によりその無効を主張し得るに止まるものと思料せられる。

裁判所が訴訟物の価額を算定し訴額に相当する印紙の貼用をさせるのは国家が国民から租税、手数料を徴収するのとその性質を同うする。既に相当印紙を貼用させることが租税手数料の徴収とその性質において同様とすればその貼用印紙額算定の基礎は全国裁判所均一齊整でなければならない。それは日本国民はその住所、訴訟地如何により差別を受けることなく国家より同一の待遇を受け得る権利を有するからである。

さればこそ最高裁判所は印紙額算定の基礎を均一齊整ならしむるため昭和三一年一二月一二日民事甲第四一二号の通牒を発し全国その取扱を一にしたのである。

その通牒にいう地方税法第三四九条の規定による固定資産税の課税標準となる価格は同法第三四一条第五号により適正な時価となつている。右適正な時価とは交換売買等の動的状態の価値でなく、所有、使用、収益上の静的状態の価値で課税、手数料徴収の標準としては最も妥当なものである。(京都地方裁判所昭和二七年(行)第五号同二九年五月二一日判決、行政事件裁判所判例集第五巻一〇七八頁)

若し右価格に準拠することを争い一件毎に不動産の価格の算定を争うときは国民は民事訴訟手数料納付につき法の下に平等であるとの憲法上の権利を侵害せられることとなる。加之かかる争を許すことにより訴訟物の価額により事物管轄を定めた事務の分配を根本的に撹乱せられ、不動産に関する簡易裁判所の管轄事件は激減する一方地方裁判所事件は激増し法律を改正しなければ収拾しがたい事態を発生するのは固より之を争うことにより訴訟手続の遅延を来すことは必定で国家公益上計り知れない損害が生ずるものと思はれる。

原審の決定は最高裁判所の右通牒を以て各裁判所の取扱をなるべく統一する必要上の裁判官の参考資料というが之は、全国民に対する民事手数料徴収の基礎を同一線上におくためのものであることの根本理念を忘れたものである。

原決定をした横浜地方裁判所においても一件の例外もなく右最高裁判所の通牒していることと思はれる。

尚原決定は右通牒訴訟物の価格に争いがあるとき等の基準となるものではないとの記載を以て云々しているが、それは固定資産税の価格についてまで及ぶものでなく国法上評価の定まつていないものに関すると解さなければならない。右通牒の備考(三)にも価格の認定に関しては、固定資産税の課税標準となる価格について所管公署のこれを証明する書面を提出させる等の方法により適宜当事者に証明させることとある。

三、原決定はその理由中に左の如く説示している。

「そこで本件土地が山林であるか否かについて判断する。訴状添付の証明書によれば、固定資産課税台帳上本件土地は地目が山林となつており昭和三四年度評価額が七四、五二〇円と記載されていることが認められるところ、検証の結果により訴提起時たる昭和三五年三月八日当時の本件土地の状況を推認すると本件土地は抗告人居宅敷地の西側に接続し、しかも右居宅に近接している。その東側約四分の一の部分は目通り一尺五寸平均の松の木が林をなしており前記敷地と同じ高さで同敷地内の庭に続いている。その北側の一隅に抗告人方の付属家屋が建てられていた、残り四分の三の部分は前記部分より約四尺低くなつているが、果樹、野菜が植栽せられいわゆる家庭菜園に利用されていたものであり、またその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正に成立したと推定すべき乙第一、第二号証によれば、本件土地の固定資産課税台帳には評価額の外に宅地類以価格坪当り七五〇円の記載があること(抗告人は右記載は法令上の根拠が存しない旨主張するが、右は通常の固定資産の評価額の記載と同様地方税法第四一一条にその根拠があるものと認められる。)が認められ、以上を総合して判断すると、本件土地は宅地であると断定さるべく特段の事情のない限り、右宅地類似価額を以つて本件土地の価額と認めると解するのを相当とする。そうとすれば本件土地の価額は合計三一〇、五〇〇円となり、本訴の訴訟物の価額が一〇万円を超えることは明らかであるといわなければならない。」

原判定は本件土地が山林であるか否かについて判断するとし四分の一が松林四分の三が果樹園、野菜園であることを説明し本件土地は宅地であると断定さるべくとしてある。建物の敷地であれば宅地ともいえようが一方は傾斜せる山に連なり而かも松樹林立し他方は低い一面の畑地に隣接している土地を畑と見るは格別之を宅地と断定するとは如何なものであろうか、宅地の定義を家屋の敷地に転用することも可能な土地というなら格別であるが現状宅地でないことは決定自身の認めるところである。

本件の問題は訴額如何にあつて、山林か、畑か、宅地か、原野かではないか、山林であるかないかを判断することは何等意味のないことで、決定理由に関係がない。

尚原決定は方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められる乙第一、第二号証に本件土地の固定資産税台帳には評価額の外に宅地類似価格坪当り七五〇円の記載があるので特段の事情のない限り右宅地類似価額を以て本件土地の価額と認めると解するを相当とするという。

然し固定資産税台帳(地方税法第三四一条第九号)中の土地課税台帳の登録事項は地方税法第三百八十一条第一項に法定せられていて類似価格は登録事項ではなく、いたづら書き、らく書と言はないまでもメモ書き程度のもので、固定資産評価についての自治大臣の示す評価基準(法第三八八条第二項第二号)固定資産税評価員の評価(法第四百八条第四百九条)と何等の関係がなく、市町村長の決定(法第四百十条)するところでもない。

藤沢簡易裁判所において訊問した横浜地方法務局藤沢出張所(旧登記所)主任の証言によれば、固定資産税台帳に宅地類似価額を記入するのは茅ケ崎市のみで、藤沢市、鎌倉市ではその記入はないという。果して然らば藤沢簡易裁判所管内にあつてもその土地が茅ケ崎市にあると鎌倉市にあるとにより事物管轄も貼用印紙額も異るという奇異な結果となり、司法上許すべからざる不合理な事態となる。かかることは到底許されるべきことではないから茅ケ崎市所在土地についてのみ異例の取扱を許さんとする原審決定は全然誤つていると断じなければならない。次に右決定理由には宅地類似価額は地方税法第四一一条にその根拠があるものと認められるとあるが右は法文を読まずして引用するものである。

地方税法第四一一条は市町村長は前条の規定によつて固定資産の価格等を決定した場合においてはその価格等を固定資産税台帳に登録しなければならないと定め、前条には前条第四項に規定する評価調書を受理した場合にはこれに基いて固定資産の価格等を決定しなければならないと定め、その前条第四項には固定資産評価員は前三項の規定による評価をした場合においては評価調書を市町村長に提出しなければならないと規定する。

而して第四百九条第四項にいう前三項は固定資産の評価方法を定めたものである。地方税法第三百四十一条第六号第七号第八号では基準年度、第二年度、第三年度を定め、基準年度に定めた評価額は原則として第二年度、第三年度に据置く(法第三四九条)が第二年度、第三年度の固定資産税賦課期日に地目変更や市町村の廃置分合のあつた場合にはその変更のあつた土地に類似する土地の基準年度の価格に比準する価格により評価する(法第三四九条第二項)。即ち固定資産税台帳の基準年度の評価額を以て第二年第三年の登録価格とみなす(法第四一一条第二項)が、基準年度後の固定資産税賦課期日に変更のあつた土地について第四百九条の評価と第四百十条の決定があつたときには、市町村長は之を固定資産税台帳に登録した上、その評価が当該土地の家屋に類似する土地家屋の基準年度の価格に比準する価格によつて決定したものであるときは之を納税義務者に通知する(法第四一一条第一項)ことを定めている。

右の次第で地方税法第四一一条は山林に対する宅地類似価格とは何の関係もない。

四、原審決定はその理由中に次の如く説示している。

「しかのみならず本訴の記録に徴し、さらに検証の結果から窺われる事案の複雑性および当裁判所に顕著である本人抗告人と相手方間の関連事件(昭和三五年(行)第五号農地買収処分無効確認等請求事件)が当裁判所に繋属している事実を合せ考えれば、原審藤沢簡易裁判所の所在地を管轄する当裁判所が本訴につき、その訴訟物の価格の如何にかかわらず審理及び裁判をするのが相当であるというべきである。」

然し本件は抗告審であつて原決定の当否を審理すれば足り原決定に引用しない理由、勿論抗告人もその理由としない事項を云云して原決定を支持するのは全く無用であり且違法である。

五、尚再抗告の理由として再抗告人が原審に提出した昭和三六年五月二三日附準備書面の写を添付しその記載を再抗告の理由とする。

準備書面

一、民事訴訟法第二二条は裁判所法に依り管轄が訴訟の目的の価額により定るときは其の価額は訴を以て主張する利益に依り之を算定すと定めている。

訴を以て主張する利益とは原告が全部勝訴の判決を受けたとすれば、その判決によつて直接受ける利益を、客観的且つ金銭的に評価して得た額であり、その評価は起訴の時を標準として行はれる(菊井、村松、民事訴訟法六八頁)

本訴は所有権移転登記手続請求のみの訴であつて所有権の目的たる不動産そのものに関する訴ではない。訴状記載の如く抗告人が登記手続を求めている不動産は既に昭和三二年五月三日その引渡を受け抗告人が有刺鉄線を以て隣地と区切り之を占有し使用収益していて唯所有権移転登記手続のみが残つている。

即ち所有権の権能のうち、使用権、収益権は抗告人の手にあり唯登記手続のみ未了となつているにすぎない。判例に徴するに土地賃貸借契約消滅を原因とする土地明渡訴訟を本案とする仮処分事件につき原審が賃貸借の目的たる土地そのものゝ価額を以て訴訟物の価額を算定して管轄を定めたのに対し、上告審は争となつた賃貸借契約の残存期間の賃料相当額が訴訟物の価額を定める標準となるとして原判決を取消した。(昭和二年(オ)第一一〇三号同三年一〇月一三日第四民事部判決、民事判例集第七巻九二一頁)

原審の決定は抗告人が訴を以て主張する利益を正解していない不法がある。

二、国家が国民の財産に関し、租税を課し、手数料を徴収する場合必ず法律の根拠によると共に、その課徴の金額が財産の評価額に応じて定まる場合、その評価は必ず全国一律の基準に従い人により或は物件所在地により之を異にすることはない。このことは中央集権政治を行う国家においては当然自明の事理で敢て憲法の条文を挙げて説明するまでもない。

国家は土地建物の評価を地方税法中の固定資産の課税、標準として決定した。(地方税法第三四九条)

而してその評価は市町村長において行うがその評価の基準は自治庁の指示する全国的評価基準に従はしめ以て地方差の生じないように調整している(同法第三八八条第二項第二号)この地方税法所定の固定資産税の評価は唯一の法定評価であつて他の法令により建物の評価をする場合総てこの評価を基準とする。

右固定資産税の評価は之を他の法律によつて適用する場合、その評価をその儘適用する場合と、之に補整率を加減して適用する場合とがあるが、右何れの場合においても人により不動産の所在地による差異はなく全国一律である。

左にその適用の事例を見る。

登録税法によりその課税標準を定める場合は固定資産税の評価をそのまゝ適用し、実際の売買価額にはよらない。不動産競売の場合、その競落価額が如何に高額でも登録税の課税標準は之によらず固定資産税の評価額による。(東京地方裁判所昭和三二年(行)第九〇号、昭和三四年一二月一〇日第二民事部判決、行政事件判例集第十巻二七四〇頁)

自作農創設特別措置法第六条第三項は賃貸価額を基準としてその強制買収価額を定めたが、その買収の対価が時価に比し著しく低廉であつても憲法第二九条第三項に違反しないという(昭和二四年(オ)第九〇号同二九年一一月一〇日大法廷判決、民集第八巻二〇三四頁)

農地法第十二条(農地及び採草放牧地)第五一条(未墾地)の買収対価は政令で定めるところによるとし、政令では固定資産税の評価額に補正率を乗じて算出することになつている(昭和二五年七月三一日賃貸価額が廃止せられ、固定資産の評価が之に代る)右については不服は許されない。これが憲法第二九条第三項に違反しないこと自作農特別措置法の場合と同様である。

国家は固定資産税の評価額を以て法律上の不動産の価額を見、市場価額と相関しない。これはその評価が全国共通で之に依れば国民を一律均等に処遇することのできる最も公平な方法であるからである。

民事訴訟の提起に当り裁判管轄並に貼用印紙額を定める標準についても前記の租税、手数料の課徴、強制買収の場合と同様全国共通の標準により人により地方による差別を認めず全国民を均等に待遇する方法によつている。

民事訴訟につき当事者の貼用する印紙が法律上手数料の性質を有することは異論がない。(細野長良氏民事訴訟法第一巻一七三頁)この手数料の徴収即ち印紙の貼用額は人により地方により異ることなく全国一円均等でなければならないことはその性質が租税の課徴と同様に国家権力の行使であるからである。

最高裁判所は不動産に関する訴につき昭和二五年七月三〇日までは土地台帳、家屋台帳の賃貸価額を標準とし印紙を貼用させていたが、その廃止と共に同年同月三一日附民事甲第二、一一一号民事局通牒を以て固定資産税台帳の評価を基準とすることに改めた。これは全国一円共通の基準により印紙を貼用させるためである。その根拠は国の手数料徴収権(印紙を貼用せしめる権利)に基いたもので、その徴収権の行使は人により地方によりその差異を認めないことにある。

固定資産税台帳に法定の評価額の外、法定外の宅地類似価額なる記載を有する茅ケ崎市内に所在する不動産上の訴についても、他の都市村落に存する不動産上の訴についても均しく固定資産税台帳上の法定の評価額によらしめるもので例外を許さないのである。

以上の如く民事訴訟法の印紙貼用額は国家が公益上の見地から国の定める評価額に依らしめるところであり、その管轄も亦裁判事務分配という公益上の見地から地方裁判所と簡易裁判所とに分属させたものである。

要するに訴訟物の価額の決定は印紙の貼用、管轄の区分という公益上並に国家的見地から裁判所が之をなすべきであつて当事者の主張にかゝわらない。

前記最高裁判所民事局の通牒は争ある場合には之によらないとあるが訴訟が不動産に関する場合は国が固定資産税の評価による不動産の価額に基き該不動産につき原告が訴を以て主張する利益を勘案して貼用印紙額を定めるのであつて、相手方は原告が訴を以て主張する不動産上の利益如何は争い得るがその利益算定の基本である不動産の評価そのものは争ひ得ないのである。

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